<< ヤレヤレな。。 | main | マイク。 >>

情報量

0
     昨日は朗読との最終稽古に行きました。

    少し稽古場が遠いのですが、車で行ってます。
    電車に最近乗れなくなってきているんですね。乗りますけど、必要が
    あれば。。

    なんというかものすごく余分な音が多いと感じるんですね。
    乗車案内のアナウンスの次にスリにご注意ください。。。〜にご注意ください。。。

    親切心からなんだろうけど、情報過多だなって。
    そういう過多なものから、静寂をつくるために音楽がかぶさってたり
    する。。だから街の発する情報量がとても多い。

    そういう過剰なものが、だめになってきてるな、と感じます。


    今回の紫堂さんという朗読家の方とご一緒するのですが、とにかく
    ライブ感を大切にされる方なので、稽古も毎回微妙に中身がかわります。
    僕も変えていってました。
    なので、稽古前にしこむんですね。
    これで完成というのはないから、この言葉にはまるのはどんな音だろう?
    っていろんな可能性を考える。
    それをうけて読みの間とかテンポも変化するから、セッションですよね、これは。

    音楽も楽譜には起こしていないです。
    そうする意味がないから。。
    言葉と声が楽譜という感じでしょうか?

    「孤独が。。。」とあれば、その孤独を音にする、文章、文脈から
    考えて。でも、声でも表現はしているので、そこにさらに音で「孤独」を
    説明しすぎては、それこそ街の情報過多じゃないけど、多すぎるわけですよね。

    情報が多すぎると、逆にシャットダウンしてしまう。想像力を働かせて
    しまうのではなくて。

    だから、余白が必要なのですね。

    そういうやり取りをしてたから、街の喧騒が駄目になってきたのか、
    たんに年齢とともにくる自然な変化か(笑)

    人と一緒にやるのは、その人のセンスや考え方を自分に取り込み
    自分自身が変化していくことに楽しみにがあります。
    それが音楽にも変化を及ぼす。だからですね。


    コメント
    コメントする









    この記事のトラックバックURL
    トラックバック
    calendar
     123456
    78910111213
    14151617181920
    21222324252627
    28293031   
    << July 2019 >>
    selected entries
    categories
    archives
    recent comment
    recommend
    1996
    1996 (JUGEMレビュー »)
    坂本龍一
    インスツゥルメントアルバムとして史上最高峰です。
    ピアノ・チェロ・バイオリンというシンプルな構成で演奏されることで、楽曲のもつ力がよりクリアーに伝わってきます。和音の展開の仕方や和音ひとつひとつの響きの美しさというものが、アコースティック楽器で奏でられることでより感情に訴えかけてくるからです。
    坂本氏のピアノや音楽の本質は、厳選された音で、音空間を理知的に構築されているところにあると思います。
    その構築美を堪能できるベストアルバムです。
    links
    profile
    search this site.
    others
    mobile
    qrcode
    powered
    無料ブログ作成サービス JUGEM